障害による暮らしや仕事の困りごとには、自分で工夫できることもあれば、情報の伝え方や周囲の環境を変えることで軽くなるものもあります。
私は聴覚障害の当事者です。通勤電車の音声案内を聞き取れなかったことや、仕事で電話対応を免除してもらっていた経験から、困りごとを本人の努力だけで解決しようとすることには限界があると感じてきました。
その違いを考える手がかりが、障害の「医学モデル」と「社会モデル」です。この記事では、二つの考え方を身近な例で説明し、職場でどのような変更を相談できるかまで考えます。
電車の案内が聞こえないとき、何が困りごとになるのか
以前、電車で通勤していたとき、強風や大雨などで運行が乱れる日は、いつも以上に負担を感じていました。
車内のモニターやスマートフォンで、遅延や事故が起きていることは分かっても、その先の情報を十分に把握できないことがあったからです。
いつ運転が再開するのか。振替輸送はあるのか。別の路線を使うなら、どこで降りて、どう移動すればよいのか。
音声で案内されていても、私には聞き取れません。何年も電車に乗っていましたが、運行が乱れたときの不安にはなかなか慣れませんでした。
この場面では、私の聞こえ方に加えて、必要な情報を受け取れる方法が十分に用意されているかが問題になります。音声と同じ案内を文字でも確認できれば、聞こえ方が変わらなくても、移動を判断するための情報を得られます。
医学モデルと社会モデルの違い
医学モデルと社会モデルは、障害による困難を、どこに着目して考えるかという違いがあります。
| 考え方 | 主に着目すること | 対応の方向 |
|---|---|---|
| 医学モデル | 病気やけが、心身の機能など、本人の状態 | 治療やリハビリテーションなどによる改善・適応 |
| 社会モデル | 社会参加を妨げる設備、情報、制度、周囲の態度など | 社会や環境にある障壁を取り除く |
厚生労働省が掲載する国際生活機能分類(ICF)の説明では、医学モデルと社会モデルを説明したうえで、両者の視点を統合して生活機能を捉えています。必要な医療やリハビリテーションと、環境の改善は、組み合わせて考えられます。
私の通勤の例なら、聞こえ方への医療的な対応に着目するのが医学モデルの視点です。一方、「音声だけでは案内を受け取れない人がいるので、文字でも伝えよう」と、情報提供の方法に着目するのが社会モデルの視点です。
障害者権利条約の前文でも、心身の機能障害と、態度や環境による障壁との相互作用が、社会への参加を妨げることが示されています。
社会モデルの視点を持つと、「この人にはできない」で終わらず、「どのような環境や方法なら参加できるか」を考えられます。設備だけでなく、音声に偏った情報共有や、変更できる仕事の手順も、見直す対象になります。
職場では、情報の伝え方や仕事の分担を変えられないか考える
仕事では、電話対応を免除してもらっていました。ただ、それで仕事上の課題がすべて解決したわけではありません。
地方の事業所や社外の関係者との連絡・調整は、引き続き必要でした。電話対応を外すことに加えて、必要なやり取りをどう進めるかを考える必要があったのです。
仕事で困っているときも、「自分が苦手なことは何か」だけでなく、次の順で整理すると、変更を相談しやすくなります。
- どの場面で困っているか
- 今の方法では、何が難しいか
- どのような変更があれば取り組みやすくなるか
たとえば、電話での会話が難しい場合には、メールやチャットでの連絡、電話を必要とする業務の分担などが検討できます。口頭の指示を受け取りにくい場合には、作業内容を文字でも共有する方法が考えられます。
こうした職場の調整に関わるのが、合理的配慮です。雇用分野では、障害者雇用促進法に基づき、事業主には過重な負担にならない範囲で合理的配慮を提供する義務があります。具体的な対応は、本人の意向を尊重しながら話し合って検討します。厚生労働省「雇用分野における障害者への差別禁止・合理的配慮」
希望する対応がまだ分からなくても、困っている場面から相談できます。厚生労働省の合理的配慮指針でも、希望する措置を具体的に説明することが難しい場合は、支障となっている事情を伝えればよいとされています。
応募や面接で配慮を伝える場合の説明例は、配慮事項を伝える時期と伝え方にまとめています。
自分の工夫も、使いやすい方法を育てるために役立てる
私自身は、メールでのやり取りが多かったため、文章で伝える力を磨くことを意識していました。
具体的には、次のようなことです。
- 相手がどのくらい業務を理解しているかを考慮して書く
- 選択肢を整理し、抜けや重複を減らす
- 相手の負担が少ない方法や、対応するメリットを伝える
- よく使う文言をテンプレートにし、入力の速さも工夫する
業務で関わる人と直接会える機会には、関係づくりを意識することもありました。
これは、私が自分の仕事で使う方法を工夫した例です。自分に合うやり方を身につけることには意味がありますが、その工夫で、受け取れない情報や利用しにくい環境をすべて補えるわけではありません。
本人が取り組める工夫と、周囲に相談する変更を、両方考えてよいと思います。配慮を受けるために、先に苦手なことを克服したり、別の仕事で特別な成果を示したりする必要はありません。
環境を変えることには、今の職場での調整も含まれる
環境を変える方法には、転職のほかに、今の職場で情報共有の方法を変えること、担当業務を調整すること、相談先を増やすこともあります。
たとえば、次の点を上司や人事と話し合うことが考えられます。
- 必要な情報を、受け取りやすい方法でも共有してもらう
- 負担が大きい業務の担当範囲や分担を見直す
- 仕事が重なったときに、業務量や優先順位を相談できるようにする
相談した対応を試した後は、困りごとが軽くなったか、別の負担が生じていないかを確認します。
私の周囲にも、無理をして調子を崩してしまった友人がいました。だからこそ、今の方法で頑張り続けることだけを選択肢にしなくてもよいと思っています。
職場で話し合うことが難しい場合や、必要な対応を整理できない場合は、就労支援機関に相談する方法もあります。どこへ相談すればよいか迷う方は、困りごと別の就労支援機関の案内を参考にしてください。
調整しても必要な条件を確保できないときには、別の部署や職場を検討することも選択肢です。転職を考える場合は、配慮・収入・仕事内容・通勤などを比較する記事で、今の職場と候補先の条件を整理できます。
生きづらさを考えるときは、周囲の条件も見直してみる
電車の音声案内も、仕事での電話対応も、私の聞こえ方だけを見ていては、改善できることを見落としてしまいます。情報の伝え方や仕事の分担を変えることで、取り組めることがあるからです。
医学モデル・社会モデルを知ることは、困りごとの原因と対応を考える手がかりになります。
今、どの場面で困っているのか。自分で工夫できることはあるか。周囲の方法や環境を変えることで、負担を減らせないか。
一人で答えを出す必要はありません。困っている場面から話し合い、自分が無理なく暮らし、働ける条件を考えていきましょう。
